【IHJアーティスト・フォーラム】 Full Circle ―日系アメリカン PJ ヒラバヤシと和太鼓
- 2014年10月17日(金)7:00 pm 国際文化会館 講堂
- スピーカー: PJ ヒラバヤシ (和太鼓奏者/日米芸術家交換プログラムフェロー)
- 用語: 英語/日本語 (逐次通訳付き)
- 共催: 日米友好基金
- 会費: 無料 (要予約・定員70名)
日米芸術家交換プログラムで来日中の和太鼓奏者PJヒラバヤシは、北米和太鼓カンパニーの先駆者「サンノゼ太鼓」の創設者の一人です。
アメリカの日系人コミュニティで長年にわたり日本の伝統を息づかせてきたヒラバヤシは、還暦を迎えたことを機に、自身と和太鼓のルーツをたどる旅に出ることを決めました。8月に来日し、現在、沖縄やアイヌなど、困難を乗り越えながら各地の共同体で地域文化を守っているアーティストたちと交流を深めています。
今回のフォーラムでは、日系アメリカ人にとっての和太鼓の意味、コミュニティ形成における芸術の力について、太鼓演奏の映像も交えながらお話しいただきます。
【IHJアーティスト・フォーラム / 試写会&トーク】 2014年の陸前高田 ―ミナ・T・ソンのドキュメンタリー映画
- 2014年9月18日(木)7:00 pm 国際文化会館 講堂
- スピーカー: ミナ・T・ソン (映画監督/日米芸術家交換プログラムフェロー)
- コメンテーター: クリストフ・トゥニ (日本の都市文化、文学、メディア研究、環境批評/東京大学教養学部グローバルコミュニケーション研究センター特任講師)
- 用語: 英語/日本語 (逐次通訳、英語字幕付き)
- 共催: 日米友好基金
- 会費: 無料 (要予約・定員70名)
- ⋆ワーク・イン・プログレス試写会として、編集中の『RIKUZENTAKATA』を上映いたします。
東日本大震災から3年、長編ドキュメンタリー『RIKUZENTAKATA』には、未曽有の大津波にみまわれた地域に暮らす人々の、それぞれの物語が紡がれています。自然災害そして人為的に引き起こされる災害が頻発する現代においては、世界中の被災者が「移住すべきか、復興すべきか」という悩みに直面させられます。人口変動、環境変化、そして地盤そのものが揺れ動く時代にあって、「家」とはいかなる意味を持つのでしょうか。
十年前、陸前高田に暮らしたソン氏が、震災後初めて岩手に戻り、この地に留まり地域再建を選んだ人々の姿を追います。
上映の後には、コメンテーターとして、日本の都市文化、文学、メディアと環境批評を研究し、ポスト3.11の文学や映像作品に詳しいクリストフ・トゥニ氏を迎えて、『RIKUZENTAKATA』の製作過程や、撮影後の感想などについてもお聞きします。
レポート
韓国系米国人の映画監督ミナ・T・ソン氏による長編ドキュメンタリー『Rikuzentakata』のワーク・イン・プログレス試写会が行われた。ソン氏は10年前にJETプログラムの語学指導者として来日し、2年間岩手県陸前高田市で暮らした。大学卒業後初の仕事で思い出深く、いつかまた必ず戻って来ると決心して帰国したが、2011年の東日本大震災を機に、その決意には全く異なる意味が加わった。アメリカの友人たちは誰も岩手県を知らず、ゆえにソン氏にとって陸前高田は自分だけの特別な場所だったが、壊滅的な被害の映像が世界中に流され、街の名前は震災とともに記憶されるようになった。ちょうど大学院でドキュメンタリー映画を勉強しているところで、自分が陸前高田の映画を撮るなら、この場所の素晴らしさをたくさん盛り込もうと決めたそうだ。こうしてソン氏は今年6月に来日し、以来3カ月間陸前高田に住みこみ、住民の日常に寄り添いながら撮影を続けてきた。
映画には陸前高田に暮らす3名の人物が登場する。震災で助けられた経験から人助けに目覚め、現在は海外にまでボランティアに出かける元不良青年のタカ。跡継ぎの息子を亡くし、店も流されてしまった畳職人のジュンイチ。都内で暮らしていたが、震災を機に陸前高田に戻ってきた20代のカナコ。それぞれの事情やさまざまな思いが語られる。震災遺構の保存や撤去、復興の方法に対する住民の意見は複雑で、決して一色ではない。被災者の数だけ異なる思いが去来する陸前高田に、巨大なクレーンがあらわれ、山手から市街地に土を運ぶため全長3キロのベルトコンベアが張りめぐらされる。行政の区画整理として盛り土造成が進められるのだ。それぞれの複雑な思いを孕みながら、元市街地で行う最後の七夕祭りが始まるところで映画は終わる。
日本の都市文化と環境批評を研究し、ポスト3.11の文学や映像作品に詳しいクリストフ・トゥニ氏は、被災地の様子を関東大震災や戦後、最近ではニューオーリンズのハリケーン・カトリーナなどのイメージと重ね合わせ、これらの大惨事のどこまでが自然災害で、どこまでが人工的な被害なのか、そしてそこにあった大地自体どこまで自然でどこまで人工的だったのか考えさせられるとコメントした。また、変わり続ける場所に、人は故郷を見出すことができるのか、というソン氏の問題提議に注目した。つまり、天災で街の様子がすっかり変わったところに、(ゼネコンなどの)グローバル資本が参入し、国の指針でどんどんと変貌していくときに、それでも住民はその土地に伝統や歴史的連続性を見出すことはできるのか。また惨事を記憶にとどめながら復興するとはどういうことか。各登場人物のスタンスの違いに、そういったさまざまな葛藤が伺える、そしてそれは日本だけの課題ではないと述べた。
ソン氏によると、この作品はまだ完成しておらず、半年以内に再来日して残りを撮影する予定だそうだ。その後2~3年かけて編集し、完成した頃に被災地に大きな変化があった場合は、エピローグ的な場面を追加撮影する可能性もあるという。陸前高田の復興の道のりは長い。2018年まで仮設住宅に住まなければならない人もいる。陸前高田の市長は、復興に10年かかると言うが、市民は10年どころか20~30年かかると考えているそうだ。今後も復興の進捗を見守りながら、完成までじっくり時間をかけて取り組みたいとのことだった。
【IHJアーティスト・フォーラム / リーディング&トーク】 この身は水の月の如し ―米国人詩人パトリック・ドネリーの日本との邂逅
- 2014年6月27日(金)7:00 pm 国際文化会館 講堂
- スピーカー: パトリック・ドネリー(詩人/日米芸術家交換プログラム・フェロー)
スティーブン・D・ミラー(日本文学研究者、マサチューセッツ大学アマースト校准教授) - 用語: 英語・日本語(逐次通訳つき、原語テキストを配布)
- 共催: 日米友好基金
- 会費: 無料 (要予約・定員70名)
ドネリー氏は、2004年に米国人研究者のミラー氏と釈教歌(仏教を主題にした和歌)の翻訳を開始し、『The Wind from Vulture Peak: The Buddhification of Japanese Waka in the Heian Period』[霊鷲山からの風:平安期の釈教歌](Cornell East Asia Series, 2013)においては、141の和歌を共訳しました。その経験に創作意欲をかきたてられ、以降彼は自らの詩作にも日本文学の手法を借りるようになりました。
本フォーラムでは、日本の影響を受けた作品と翻訳した和歌を朗読し、共訳のミラー氏とともに、日本の古典を文学的に英訳するプロセスについてお話しいただきます。
【IHJアーティスト・フォーラム/マルチ・パフォーマンス】 空飛ぶラジカセ
- 日時: 2014年5月29日(木) 4:30-7:30 pm (開場 4:00pm)*途中入退場自由
第一部 (4:30-5:30 pm): オープニング
第二部 (5:30-6:30 pm): 庭園インスタレーション・パフォーマンス (定員50名)
第三部 (6:30-7:30 pm): フィナーレ - 会場: 国際文化会館 岩崎小彌太記念ホール、庭園 *雨天決行(一部内容を変更)
- 企画・構成: AKIM (日米芸術家交換プログラムフェロー、演出家・振付家・パフォーマンス・アーティスト)
参加:AKIM、AFRA、岩崎麻由、なつみゆず、ケン・パワーズ、アンドリュー・ベントン(写真・ビデオ)他を予定 - 参加費: 無料 (要予約)
- 共催: 日米友好基金
- *ご注意: 第二部ではお客様に庭園内を散策していただきますが、混雑の場合は安全のため、ご来場順で入場を制限いたします (定員約50名)。
日米芸術家交換プログラムで3カ月間日本に滞在中のAKIMによる企画・構成のパフォーマンスを上演いたします。上演は三部構成で、第一部では音楽や映像、第二部では庭園内でパフォーマンスのインスタレーション、第三部では現代から古典、文化、ジャンル、民族、階級を越えた表現が混然一体となり展開します。
AKIMは、ストリートの表現と伝統的な日本の音楽や舞踊の間に思いがけない共通点を見いだし、そのつながりをたぐろうとしています。幅広い層の観客から注目を集める彼は、人に本来備わっている音楽や踊り、儀式への欲望を信じているのです。
今回のパフォーマンスでは、日本のヒューマン・ビートボックスのパイオニア的存在であるAFRAとの共演も見どころです。二人は、AFRAが16歳の時にNYで出会い、セッションして以来の友人です。
「ラップ、ポエトリー、チャント、ビートボックス、お芝居からホーミーやダンスなど様々なフォームを呑み込み、AKIMはその場にいるオーディエンスの潜在意識へとコミュニケートしていく。日本ではまず出会うことのない稀有なパフォーマンスが体験できる日になるのではないでしょうか。」
AFRA(ヒューマンビートボクサー)
【IHJアーティスト・フォーラム / レクチャーコンサート】 時をかけて ―文化的ユートピアへのスローな探検
- 2014年5月21日(水)7:00 pm 国際文化会館 岩崎小彌太記念ホール
- パフォーマンスとレクチャー: ハンス・トゥチュク(作曲家、日米芸術家交換プログラム・フェロー)
- 演目: 『Issho ni 』8チャンネル電子音響楽曲 (2014年 世界初演)
『agitated slowness』8チャンネル電子音響楽曲 (2010年) - 言語: 英語/日本語(逐次通訳つき)
- 共催: 日米友好基金
- 後援: 先端芸術音楽創作学会、日本電子音楽協会
- 協力: 東京藝術大学 先端芸術表現科
- 会費: 無料 (要予約)
「教育や人の交流、芸術で一番大事なのは、好奇心を刺激すること。」
このレクチャー・コンサートではハンス・トゥチュクの世界初演作を含む最近の作品を紹介し、そのコンセプトと、異なる大陸の音や産物を合わせて、ユートピア的で儀式的なパフォーマンスをつくる手法についてお聞きします。
トゥチュクはドイツ出身ですが、長くオランダやフランス、米国で暮らしてきました。これまでに40カ国以上を訪れ、常にその土地特有の音や音楽を探し求めてきました。また現代のエレクトロアコースティック・ミュージック(電子音響音楽)における革新的な作品で知られるトゥチュクは、音楽以外の芸術形態やメディアにおけるテクノロジーの融合を目指し、油絵や写真、演劇、ダンス、陶芸、ビデオアートなどとの実験を重ねてきました。これらの試みは音楽的にもインスピレーションの源となっています。また共産主義下の東ドイツという出自が、これらの濃密な芸術的コラボレーションや、自分の考えを自由に表現したいという不断の渇望を生み出しており、1989年の政変以降もその強い思いは変わっていません。
ハンス・トゥチュク ウェブサイト
http://www.tutschku.com/
レポート
ハンス・トゥチュク氏の手がけるエレクトロアコースティック・ミュージック(電子音響音楽)は、楽譜をもとに演奏するような作品とは異なり、録音物を再生し、それを完成形とする音楽であることが多い。今回のフォーラムでも会場に演奏家の姿はなく、代わりに客席を取り囲む8個のスピーカーが壁に向けて設置されている。トゥチュク氏が端末を操作すると、予想を超えるダイナミックな音が溢れだし、壁面に反響しながらホールの空間を隅々まで満たした。
トゥチュク氏は旧東ドイツに生まれ、多感な青年期に「ベルリンの壁崩壊」を経験した。壁に阻まれて育ったからこそ、その向こうの世界への興味がかきたてられたという。成人後は、英国やオランダ、フランスへの留学をはじめ、様々な国々に暮らし、各地を訪問してきた。どの国でも彼はその地域に特有な音楽や音そのものに注意を向けてきたが、とりわけ人の声を多くの作品で扱っているそうだ。そして各地で採取した音と、自身が作曲し演奏家と録音したフレーズをリミックスして、一つの作品に仕立てあげる。
レクチャーでは、一つ目の作品を例にその創作過程を詳しく説明した。『Issho ni』ではブルガリアン・ヴォイスと、スコットランドの羊飼いの歌声がミックスされている箇所がある。トゥチュク氏は、オリジナルの尊厳を損なわないよう慎重に扱いつつも、単に二つの歌声を合わせるのではなく、より良く調和するよう微妙にピッチを調整するそうだ。実際に使われた元の音も紹介されたが、ただ合わせただけの場合と調整した場合では、素人が聞いてもまとまりが違う。
このようにしてミックスされた音は、実際にはありえるはずのない、様々な民族の音と出会い、摩訶不思議な音の世界を生み出していく。地理的にはかけ離れた文化圏の音楽や、その場所でなければ聞くことのできない音、宗教的な聖なる音や極めて大衆的な音が、一つの音楽作品の中で出会うのだ。争い合っている国々を表象する音までもが、音楽という形の中で無邪気に調和を保ち、平和な時間を作り出している。本編では数えきれないほどの文化圏の音が重層的に現れて、電子音響音楽というジャンルからは想像できないほど暖かく、人間味あふれるフィクショナルなユートピアを展開した。なお、『Issho ni』はインスタレーション作品として作られたものを、コンサート用に作り直し、今回のフォーラムで世界初演したものである。

二つ目の作品も同じような手法で作られているが、より抽象度が高い。もとは24個のスピーカーを前提に作られたそうだ。一作目同様、音楽的な盛り上がりと展開による儀式的ダイナミズムを持っており、これを3倍もの数のスピーカーで聴けばさぞ荘厳だろう。今回は客席を庭に向かって設置したため、一面ガラスばりの窓越しに、風にゆれる木の動きや鳥や虫が飛来するのが見えた。その様子は耳から聞こえる音楽と絶妙にマッチして、偶然と分かっていても劇的な意味を見出さずにはいられない。聞けば、エレクトロアコースティック・ミュージックは“耳のためのシネマ”と評されることもあるという。庭に面した岩崎小彌太記念ホールならではのドラマティックな音楽コンサートとなった。















