アリーナ・ラスタム(マレーシア)作家・教師・詩人
(アジア・パシフィック・ユース・フォーラム1996年・1997年参加・ラポトゥール、1999年ラポトゥール)
「ペンは剣よりも強し」という諺がある。アリーナは、1995年にジャーナリストとして、女性の権利、エイズ、原理主義などの社会正義の問題や、文化、文学、芸術に関する特集を国営日刊紙「ニュー・ストレーツ・タイムズ」に執筆して以来、マレーシアにポジティブな変化をもたらすためにペン(またはキーボード)を使ってきた。作家・編集者として、マレーシア社会における女性に関する代表的な作品の制作に貢献し、クリティカル・シンキングからクリエイティブ・ライティングまで、彼女の指導は知的視野を広げ、マレーシアにおける女性の権利擁護のための新世代に力を与えてきたと言える。
2023年5月、彼女の詩集『All the Beloveds』は、オーストラリアを拠点とするスキンケア・ブランドのイソップがマレーシアの店舗で展開する「Women’s Library」プロジェクトに選ばれた。この詩集について、「私たちの日常生活の一部である、私的な悲しみや嘆き、深い愛と光に包まれた瞬間、突然の優美さの体験を通して、意味と解決への探求を表現しています 」と、同プロジェクトのウェブサイトに書かれている。 イソップは厳格な選考過程を経て、20人のマレーシア人女性作家を「Women’s Library」に選んだ。 イソップはこれらの作家の本を購入し、店舗で無料配布した。 さらに選ばれた作家の中から4人を招き、そのうちの1人であるアリーナに作品の公開朗読を依頼した。またマレーシアにおける女性作家の現状などについてのメディア取材にも招いた。 このプロジェクトは大成功を収め、イソップの店外には、本をもとめ、また作家と話をしようと長蛇の列ができた。 社会が新型コロナウィルスの世界的大流行のショックから立ち直る中で、自分の人生にとって本当に意味のあるものは何かを理解しようとする人が増えているのかもしれない。

知恵は年齢と経験とともに得られるものだ。国際文化会館が展開する人材育成・知的交流プログラムの一つであるアジア・パシフィック・ユース・フォーラム(APYF)での経験が、彼女の人生観、仕事観、日本観や日本社会に対する考え方にどのような影響を与えたのか、国際文化会館スタッフがアリーナに尋ねてみた。
まず、APYFプログラムに応募したきっかけと、参加した感想を聞いてみよう。「知的刺激」と「異文化の若者との交流」。マレーシア、オーストラリア、イギリスでの多様な学校経験を考えれば、至極当然の答えに聞こえる。彼女は参加した3つのフォーラムすべてが「非常に内容が濃くやりがいのあるもので、アジア地域の他の国々の問題や関心事を理解するという点で、自分の考えを広げるのに役立った」と述べている。
APYFが彼女の記憶の中で際立っており、最も実りある経験として印象に残っているのは、何よりも 「友情を育み、参加者たちが幸運にも新たな文化的な体験をすることができたこと 」である。APYFの主催者が、参加者同士が交流し、互いの文化について学ぶために、プログラムのアジェンダに縛られることなく柔軟に自由時間もつくったことを称賛している。その心遣いと特別な思い出は、今日まで彼女の心に残っている。
“白装束に身を包み、巡礼杖を持って羽黒山の巡礼路を登り、頂上に着くと、全員で火床を飛び越える儀式を受けました。その後、美しい寺院を参拝したことは忘れられません。この体験は私の心に深く響き、フォーラムの後、日本のスピリチュアルな伝統や信仰について多くの本を読むようになりました。私は巡礼杖をマレーシアに持ち帰り、今でも大切に持っています。このような経験は、日本を訪れる多くの人ができることではないと思いますが、それを可能にしてくれたフォーラム主催者に深く感謝しています。”
APYFへの参加は、彼女の日本観や日本社会にどのような影響を与えたのだろうか?APYFに参加したことで、日本文学に興味を持つようになり、日本人作家の作品だけでなく、外国人作家の日本についての作品も読むようになったという。実際、彼女は八木沢里志の『森崎書店の日々』と有川浩の『旅猫リポート』を読んだばかりだ。彼女の日本に対するイメージや、アジア太平洋地域の人々が日本に対して抱く複雑な感情に対する理解にも、大きな影響を受けた。
“あるセッションで戦争(第二次世界大戦)と東南アジアにおける日本の役割が話題になり、感情的で白熱した議論になったことを覚えていますが、そうなってよかったと思います。私は当時20代で、日本の占領下でマレーシアの先輩たちが経験したことについて、あまり知識がありませんでした。両親はそのことについてあまり話しませんでした。その後、私は本を読んだり、人々と話したりして、彼らがその時代に何を見たか、どのような苦しみを味わったかを知りました。当時、日本軍がマレーシア人やこの地域の他の人々に行ったことは、決して消し去ることはできません。しかし、APYFを通じて知り合った日本人の方々と、日本や日本人について別の視点から見ることができたことを嬉しく思います。丸山勇さんの親切で静かな心遣いや、吉田美智子さん(当時の国際文化会館APYFプログラムオフィサー)の気品と親しみやすさは、今でも忘れられません。”
APYFのようなプログラムの重要性についてどう思われますか? という質問に、アリーナは、APYFや国際文化会館の他のプログラムは、「第二次世界大戦のような残虐なことが再び起こらないようにするための強力な防波堤となる、永続的な友情、思いやりと理解の絆を世界中に築くために極めて重要である 」と言う。
“私たちは不確実で、混乱と不安定に満ちた時代に生きています。戦争の脅威…産業全体が消滅した…新型コロナウィルスパンデミックによって社会的つながりが断絶し、孤立、疎外感、孤独感が増しています。私の考えでは、最終的に私たちを救うのは、世界で何が起ころうとも、お互いを思いやることを選んだ個人間の深く永続的な絆です。例えば、私たちの共通の人間性、そして私たち全員がこの地球を共有しており、その地球の行く末に深く関わっているという事実です。国際文化会館のような組織は、違いを超えたコミュニケーションや個人的な絆を育む上で非常に重要な役割を果たしていると思います。国際文化会館には、APYFのようなプログラムをもっと増やしてほしいと思います。”
アルムナイとして国際文化会館と新たな関係を築くため、アリーナは文学、創作、芸術、異文化間対話への情熱を共有したいと思っている。国際文化会館が世界中の同窓生に働きかけ、共有すべき洞察に満ちたストーリーはまだまだたくさんある。次にその物語を共有してくれるアルムナイになりませんか?